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研究室探訪:平敷卓先生

研究室探訪



平 敷 卓(へしき たく)
 経済学部経済学科准教授
横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期 単位取得退学
民間のコンサルティング会社を経て2014 年に本学に着任。
研究分野は、地域経済、沖縄経済、離島経済・財政。
担当科目は、沖縄経済論、地域経済論、福祉国家論など。




-大学に入学するまではどのように過ごしていましたか

親が教員だったので、中学・高校は、朝6 時に起床し、慌ただしく身支度を整え、車の中で朝食をとり、7時頃にはもう学校に到着している生活でした。人がいない学校でボーッと考えごとをして過ごしていました。その頃に見ていた風景は今でも思い浮かびますし、その時間が結構好きでした。大学時代も講義があるときは早めに大学に行く生活をしていましたし、社会人になっても早くから職場に入る生活は変わっていません。習慣化していることで、朝から動くことに抵抗することなく、助けられている面もあります。
 小・中学校は読書好きで戦国武将の自伝や歴史物、江戸川乱歩などの推理小説を中心に読んでいました。部活は文化系で将棋倶楽部に所属していましたが、高校生からは新しいことをチャレンジしたいという気持ちから、バレー部に入部しました。
 勉強面では、倫理や政治経済の分野が好きでした。特に、思想とか哲学にすごく惹かれました。今でもソクラテスやプラトンの書籍は紀元前の書かれたことですが、現代にも通じる国や政治のあり方に繋がるような、普遍的な命題を扱ってる点に魅力があると感じています。哲学とかだと、「答えのない問い」への魅力、ひいては、今も変わらない個人と社会の関係を広く扱う政治哲学とか経済思想などへの関心から、経済社会の仕組みに関心を広げていった、と感じています。

-経済学に興味を持ち始めたきっかけを教えてください
 小学校から高校まで、環境問題に強い関心をもっていました。私が幼少期だった1980 年代は、酸性雨や地球温暖化とかのニュースから興味が強くなり、ニュートンなどの科学雑誌を読んでいました。高校は理系の学科に進学したこともあり、大学は環境工学、社会工学など文理融合の学科に進学し、社会問題を「技術」で解決するというアプローチがしたいと思っておりました。
 ただ一方で、解決に役立つ技術があるとしても、社会で実装されていない現実があることもわかっていました。実装されないところにある人間の技術や社会の問題、場合によっては経済的なハードル、利害関係などを含む政治的な問題が潜んでいることに気付き、社会と「お金」に関連することに関心を持ち始めました。

 そこで、横浜国立大学の経済学科に進学をしました。社会科学としての経済学を学んでいくうちに、思想史を含め、心理学、政治学、行政学、広くは文化人類学や歴史学までつながっていくことに気付きました。どの時代・地域においても社会において経済行為は普遍的に存在しており、個人が社会的な関係構築において、モノや貨幣に限らず、何かを与えたりもらったりするという交換行為が時代を超えて存在しています。経済学は、個人の「幸せ」への希求と社会全体の厚生の向上に向けて、さまざまな考え方があることを踏まえながら、社会の中で生きる人間の振る舞いについて、さまざまな視点から考えアプローチすることが魅力と感じています。


-研究者を目指したきっかけを教えてください!

 研究者への道は高校から抱いており、当時の文集にも書いていました。実際に経済学を深く学び研究したいと思ったのは、大学時代のゼミの担当教官の影響です。
 指導教官は金澤史男先生という財政・財政学と日本経済ないし日本資本主義発達史の研究をされている方でした。先生の方針で、ゼミは地方出身の学生を多く在籍させており、私の代は北は青森から南は私の沖縄まで各地の出身者で構成されていました。出身者の地域が抱えている経済社会問題を切り口にして、それら課題を素材とし、行政を含む地域・民間のさまざまな利害関係者がどのように関わるか?という大きなテーマとして扱っていました。
 在学中、沖縄でゼミ合宿がありました。当時、沖縄県で普天間基地返還合意後の基地整理縮小の機運の高まりがある中、沖縄の基地問題や沖縄振興について私自身が深く考えるようになった一方で、本土においては相対的に興味・関心が薄いというギャップの大きさなども肌感覚で感じ、研究への思いが強くなり、そのまま横浜国立大学大学院に進学しました。大学院では、国と県、市町村間の財政関係を中心に扱っていましたが、沖縄県の経済的な課題を念頭におきつつ、地域経済の自立とは何か、また自立に向けて求められる政策とは何かという問題関心から、沖縄振興を巡る財政関係などをテーマに研究していました。
 また、金澤先生の研究者としての在り方にも影響をうけています。先生の、問題や課題に直面する主体としての「個人」とともに企業を含む「組織」や「公共(自治体や政府)」の関わり方、各々の役割などを考える中で、関係性を俯瞰しながら、問題解決への糸口をみつけるというアプローチに惹かれ、個別利害から比較的自由な立場をとれる学問的なアプローチに惹かれていました。そして、学問は立場の弱い人のためにあるということ、すなわち、研究者は立場が弱く埋もれてしまう声を掬い上げる役割を果たすという立場をとり続け研究をつづける意義として先生が捉え、在り続けていたことも、私の研究者としての生き方にも大きく影響しています。

-大学院を修了後はすぐに大学で教鞭をとりましたか?
 大学院を単位取得退学後は東京の民間コンサルティング会社に入り、官公庁の事業を手伝う仕事に就きました。私の関わったプロジェクトでは、当時の環境省や農林水産省が主導する、再生可能エネルギー導入による地域活性化・自立化を高める事業や農業分野における脱炭素に向けた環境保全型農業の導入推進など、昨今の持続可能な社会を築くためのさまざまな取組につながる仕事の一端に携わることができました。今でいうところのSDGsにつながる取組です。
 コンサルティング会社における地域課題へのアプローチは、方策とか解決策が確立されていない未知なる問題や課題に対して委員会を立ち上げて、専門家の意見を伺いつつ、実際に事業に展開しながら地域の人々と関わりました。委員会ではさまざまな人々の考え方をまとめつつ形にしていきました。この仕事では、地域課題に、現場目線で関わることの楽しさ、難しさを学んでいましたが、期限が決まっていること、予算も年度毎というビジネス的な制約もあり、中長期的に関わりたい、制約のない中立的な立場から提言できるアカデミック(研究職)の重要性も実感するようになりました。また、ビジネスの現場では、大学教員のように研究に時間をかけて向き合えることが難しいこともあり、大学教員を目指しました。

-経済学の魅力を教えてください
 経済学という大きな枠で考えると、自分の立場を確認して、何ができるかを選択し、そこに動くお金がどのように配分され、結果的にそれがどのような結果をもたらすか、どういう問題を残すのか、ということを考えることが魅力かもしれません。かなり抽象的ですけどね。
 その経済学でも私の研究テーマである、地域経済や財政にひきつけてお伝えすると、先ほどもお伝えしたとおり、沖縄県の経済的な課題を念頭におきつつ、地域経済の自立とは何か、また自立に向けて求められる政策とは何かという問題関心があり、大学院では沖縄振興を巡る財政関係などを考えていくことが楽しいです。
 沖縄県の財政は、一般的に補助金依存のイメージがありますが、他都道府県との比較においては条件不利地域における公共事業に依存した一地方という意味で捉えることもできるものの、戦後の経済復興の初期条件の違いから生じている問題(多くの米軍基地を抱える現状など)や沖縄振興を巡る諸般の政治経済状況の変化を踏まえて捉える必要もあります。沖縄経済の過去と現在を紐解き、沖縄が主体的に未来について策を考えるという意味で非常に意義のあるテーマと考えています。



-最後に学生にメッセージをお願いします
「学ぶこと」の目的は良く、「将来の選択肢を広げるため」という言葉でまとめられることもありますが、必ずしも目的があって学ぶのではなく、「学ぶこと」そのものの楽しさや面白さに気づくことがより重要、と私は考えています。その意味で「学ぶこと」は目的にもなりえます。自分の状況・環境に応じて「学ぶこと」を楽しむ
ことができれば、どのような道でも可能性を拓くことができると考えます。
 将来のビジョンが描けず、不安を感じる人も多いと思いますが、まずは「学ぶこと」の楽しさを再確認する場所として、経済学科への進学や学びに励むことをお勧めします。
 学びを通じて、自己理解を深めることは、結果として、自己成長につながると考えています。学びの果てには以前とは異なる視点から世界を観ていることに気づくと思います。
 ただし、「学ぶ」ことの前に、現状維持での快適さや、未知への恐れといった壁が存在します。また「学び」に取り組んでも、理解が追い付かず、苦しい時期もあり、その先にある楽しさに出会うには時間がかかるかもしれません。その意味で経済学は、さまざまな社会科学分野に関連する知見やエッセンスを取り込んだ汎用性の高い学問で、皆さんの「学び」のきっかけを作り、興味・関心を広げ、最初の壁を乗り越えるサポートできる学問領域だと思います。現代は、さまざまな知識やスキルを求められ、何かと学び続ける必要がある時代です。しかし、そのような社会の要請に応じるだけではなく、皆さん自身の成長のための「学び」をサポートできればと願っています。