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トンビャン
 沖縄にはトンバン/トンビャン等(微妙に異なる呼び方がいくつかある)と呼ばれる植物性の繊維で織られた布があったといわれている。漢字は “ 桐板布 ” あるいは “ 桐板齊 ” が当てられる。未だに原料の特定に異論が出てくる、まさに幻と化した布である。本論文では、その幻と化した布の材料(原料)について文献だけでなく、実物の調査研究を通して得られた新しい知見を述べる。結論を先に言えば、「“ 桐板 ” と記される繊維、あるいはトンビャンという音に似た名称を持つ異なる繊維が少なくとも2つ、あるいはそれ以上存在した」となる。本論文において、実物の龍舌蘭(トンビャン)の繊維を用いた古布裂を示す。

Getting fibers

トゥンビャン繊維の簡易取得法
沖縄国際大学
教授 又吉光邦

 沖縄の方言でトゥンビャンと呼ばれるリュウゼツランから取れる繊維は、白く、絹のように光沢があります。ただ、その繊維の取得方法は、一ヶ月ほど砂浜に埋める、ドブに沈めてころあいを見て取り出すなどの言い伝えがあり、独特です。それはおそらく、トゥンビャンの葉肉を腐敗させて繊維を取り出す際には、ひどい悪臭(糞尿臭)に悩まされるからだと思います。さらに面倒なことは、そのトゥンビャンの腐敗液が皮膚につくと、その腐敗臭は石鹸で洗っても数日間落ちないことです。そのため、現実的な問題として、トゥンビャンからの繊維取得は現在やられていない状態です。
 また、個人的に、トゥンビャンからの簡便な繊維の取得法を模索している際に実際に体験したことできつかったことは、腐敗していないトゥンビャンの葉肉の液が皮膚につくと、猛烈なかゆみのあとに自然治癒で十日ほどかかる発疹が出来ることです。これでは、積極的にトゥンビャンから繊維をとろうという気になれないのも事実です。
 本レジメは、文部科学省研究助成費(16K02101)による調査において私が経験で得た、トゥンビャン繊維の簡易取得法を写真を用いて説明するものです。これを参考に、幻の布と呼ばれたトゥンビャン繊維を用いたトゥンビャン布や伝統工芸品の製作が行われることを切に望みます。

 今回、下記に示す手法は、実験的な簡易取得方法ですが、すでに実用的なレベルであると思われます。是非、伝統染織品の製作に取り組んでもらいたいと思います。
 また、トゥンビャンについての学術的な見解は、私の論文をご参考ください。

トンビャンの葉

6月7日 午後2時ごろ
 2018年6月3日午後14時ごろ、石垣島で切り出して来たトゥンビャンの葉を、6月7日にトランクから取り出して広げる。真ん中で、少々、折れ曲がりがあるものの、問題は無いように見える。
 全長は、120cmほどで、トゥンビャンの根元の古い葉である。古い葉を選んだ理由は、以前、南東民俗資料館の崎原毅さんから頂いたトゥンビャンの繊維が、若い葉から取得したもので、繊維の色が乳白色であったためで、根元の古い葉は、透明なのではとの仮説を立てたためである(結果的に、透明でないことが分かった。また、大きな葉は、太い繊維を持つことも分かった)。
棘は、硬く、刺さりやすいので、気をつけなければならない。切り目には、繊維が露出している。
 太い繊維が、わりと外側にもあることも分かる。

引き裂く

6月7日 午後2時ごろ
 考案した方法を試すため、トゥンビャンの葉を繊維に沿って、縦方向に引き裂く。
 葉の根付からでも、葉の先からでも、切込みを入れれば、簡単に引き裂ける。

 引き裂かれた断面に、繊維が現れる。

束にする

6月7日
 適当な幅で引き裂いた、トゥンビャンの葉を紐を使って軽く固定する。
 このように、短冊のようにすることで、腐敗の進行を促すことが出来る。つまり、葉の裂け目からの腐敗の進行を促す。トゥンビャンの葉の表面には、まるでビニールのような薄い透明の膜がある。この膜が、中の葉肉を守っており、ほとんど腐敗が進行しない。
 この段階で、露出している腕や足の膝にものすごい痒みが発生し始める(飛散する葉液に無防備で作業をしていたためであることが、後で分かった)。

漬ける

6月7日 午後3時ごろ
 四角い、ポリ容器に水を入れ、その中に束ねた裂かれたトゥンビャンの葉を入れる。

 痒みは、とてつもなくひどく、水洗いでは引かない。そこで、熱いシャワーを肌にかけ、汗腺を開き、汗が出てくるようにして洗い続けた。そして、やっと痒みが収まってきた。汗腺にトゥンビャンの汁が入って、かゆくなったのだろうと思われる。

残された繊維

6月7日
 トゥンビャンの葉を裂いたときに得られた繊維。
経過観察したいので、そのまま、にしておいて置く。
 
 結果的に、葉肉が綺麗に落ちていないので、葉肉が茶色く変色し、白く艶のある綺麗な繊維とはならない。

一晩後

6月8日 午前9時ごろ
 一晩、水につけて寝かしたところ。
 水がやや白濁してきていることが分かる。
 臭いは、無い。

腐れ始める

6月8日 午後4時ごろ
 朝よりも、白濁が出ている。
 臭いは無い。

 発酵を促すため、スーパーで購入してきたブルガリア・ヨーグルトを入れる。大匙2に山盛りである。その後、ヨーグルトを細かくなるまで、攪拌する。
 
 少々、ヨーグルトの甘い匂いがある。

ヨーグルト

6月9日 午前10時ごろ
 水の白濁が進み、ヨーグルトの匂いが強くなった。悪臭は無い。そして、綺麗で透明な繊維が見えてくる。少々、葉肉がついていたものが、発酵によって、取れたようである。
 ヨーグルトに含まれる乳酸菌などの微生物によって、葉肉が分解され、脱色が促されたのだろう。中国のトゥンビャンの繊維の処理には、牛糞を使うとの吟子さんの論文がある。中国産のトゥンビャン(チョマ)の色は、透明である。今後、楽しみである(結果的に、トゥンビャンの繊維は乳白色であった)

臭い

6月10日 午前11時ごろ

 発酵がずいぶんと進んできた。侵液は、薄い緑色をしてきている。ヨーグルトの臭いもするが、やや糞尿の臭いに近くなってきた。

 葉の付け根の部分の太い箇所は、まだ、腐敗が進んでいない。

外皮

6月10日 午前11時ごろ
 一番外側のビニール状の外皮は、腐敗しない。先にこれを剥がしておいたほうが、全体の腐敗が進行しやすいだろう。

 不用意に腐敗液に素手を突っ込んだため、ひどい糞尿の臭いが指・手全体にこびりついた。石鹸で何度洗っても、臭いは取れない。消毒用アルコールで洗ってみたものの、臭いは取れない。防水手袋は必須である。

ヨーグルトの力

6月11日 午前9時ごろ
 腐敗が進んできた。侵液は、白く濁った緑色である。臭いは、前日に追加したヨーグルトのおかげで、糞尿の臭いよりは、ヨーグルトの匂いが強い。ヨーグルトを入れることで、腐敗と臭いを抑えている。もっと、ふんだんにヨーグルトを入れたほうがいい。

 この日以降、ヨーグルトを適宜追加することにした。また、嫌気と好気のバクテリアのどれが異臭を作るのかわからなかったので、繊維が絡まないように気を使いながら、空気を循環させるように液を攪拌した。その結果、この日以降、悪臭はほとんど無く、チーズの匂いに近いものとなった。また、適宜、水も追加した。

繊維

6月12日 午前8時ごろ
 葉の根元の太いところも、腐食が進み、繊維が分離し始めていることがわかる。
 繊維は、細いものから太いものまで見える。緑色の葉肉にあるのは、かなり細い透明の繊維。内部に行けば行くほど、白く太い繊維のようだが、綺麗に分離しないとなんともいえない。

繊維

6月13日 午前8時ごろ
 蓋を開けたとき、糞尿のにおいが少しするが、今までで、一番、臭いがない。顔を近づけて臭いを嗅いでみると、チーズの臭いがする。ヨーグルトの臭いは、ごくわずかである。
 表皮に近いところは、ビニール状の外皮のせいで、腐敗が進まない。その一方で、裂いて内部の白いところが露になったところは、腐敗が早く、繊維の分離が進んでいる。

葉肉の除去

6月14日 午前8時ごろ
 ほとんどの葉肉は、腐敗して落ちてしまっている。触るとわずかに腐敗した葉肉が残っているのがわかる。
 指で押すと、葉肉が崩れ落ちるので、腐敗した葉肉を圧をかけて除去してみた。かなり簡単に、葉肉が除去できるので、手で圧をかけて葉肉の除去をした。
 表面のビニール状の外皮を残したまま容器に入れたトゥンビャンの先端は、まだ、植物自体が生きているようであった。外皮の除去、あるいは外皮に切れ目を入れておくことは、迅速に繊維を取るためには必須である。

繊維を得る

6月15日 午前8時ごろ
 前日と異なり、かなり軽い。葉肉を指で押しつぶした成果であろう。ほぼ繊維だけとなっている。
 前日まで硬かったところで、入念に指で圧力を加えた結果である。外皮もはがれ、内部の腐敗が進んでいる。あと1日で繊維が取り出せるであろう。
 繊維は白いが、透明感もある。上質の繊維が、非常に多量に取れると思われる。おそらく、今回の大きな葉一枚で、チョマ茎の10~15本分に相当するだろう。

外皮

6月16日 午前10時ごろ
 ほぼ、葉肉が取れた感じがするので、取り出す。臭いは、チーズの臭いだが、ほとんど気にならないレベル。

 緑色と、ビニール状の外皮が見える。後に外皮で苦労することになる。外皮は、容器に投入する前に取り除く工夫が必要である。おそらく、トマトの皮むきと同じで、熱湯をかけたあとに、氷水をかけることで、剥がせると思うが、まだ実験をしていない。ただ、緑色の外皮と一緒に除去してもかまわないと思う。

外皮の欠片

6月16日 午前11時ごろ

 外皮を取り除く。
 とても手間の要る作業である。
 外皮は、もろくなっているため、破片になった外皮が繊維に絡み付いて、除去するのに非常に手間が要る。

取り出した繊維

6月16日 午前11時ごろ

 葉肉が残っている箇所や外皮が絡んでいる箇所を手のひらで揉んで、除去する。

脱色

6月16日 午前11時ごろ

 3分程度、熱い水酸化ナトリウム溶液のお湯で漂白する。葉緑素が取れて、全体に白っぽくなってきた。

 水酸化ナトリウムの濃度や湯通しの時間は、水の質やトゥンビャンの繊維の状態によると思うので、いろいろ経験を積む必要があるだろう。

 前々から気になっていた、細い繊維の絡み方が、面白い。緑色の葉肉の部分には、非常に細い繊維がある。緑色の葉肉の部分は、別に繊維を取り出したほうがよい。つまり、緑色の葉肉の部分は、外皮と一緒に先に除去しておいたほうが、利用できる白い繊維がとりやすい。

トンビャンの繊維

6月16日 午前12時ごろ
 第2回目の漂白。水酸化ナトリウムのお湯で湯がいて、不要な葉緑素や外皮を取り除く。
 やや、黄みがあるが、非常につやと張りのある、上質の繊維が取れた。
 今回のテストで、トゥンビャンからの繊維の採り方の方法が、わかってきた。

トゥンビャン繊維の簡易取得法
(1) 葉の針を取り除く
(2) 縦に細く切り裂く
(3) 切り裂いた細い短冊から、緑色の外皮を剥がす。
(4) 剥がした外皮と内部の白い葉肉の部分を分けて取り扱う(緑色の外皮の繊維は、撚って繊維に出来るが、手間がかかる)。
(5) 葉の根、葉の先を揃えて腐敗を促すようにしないと、絡まりが生じて、繊維が取り出しにくくなる。
(6) 水に浸す。水には、ヨーグルトをたっぷりと入れておくことが良いようである。白い葉肉の部分は、おそらく糖分が多いのだろう、ヨーグルトを入れないと、糞尿のキツイ臭いの腐敗液となる。ヨーグルトを入れると、ヨーグルトからチーズの臭いに変わる。また、空気を循環させることで(おそらく好気のバクテリアを活発にすると)、臭いが消えて行くことも確認できた。

注意!

6月8日 朝
 かゆかった箇所に、発疹が出来ている。かゆみは無い。
特に、痒みがなかったので、薬などを用いていなかったが、気がつくと、午後4時ごろには発疹の先端に水ぶくれが出始めた。触ると、強いかゆみがある。このときになって、喜宝院の上勢戸芳則さんが、トゥンビャンは毒だから、ヤギなどの家畜に食べさせないといっていたのを思い出した。そして、南嶋民俗資料館の崎原毅さんが、トゥンビャンの繊維を取るときに、ひどい痒みと発疹がでたと言っていたのを思い出した。このあと、13日ごろまで痒い。目立たなくなるには、10日ほど要した。