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米軍ヘリ墜落事件

沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落から、22年目にあたり(声明)

文書

米軍ヘリコプター墜落から22年目にあたり(声明)
                     
 2004年8月13日のこの時間に、米軍ヘリコプターが墜落炎上し、学生、教職員、市民、県民を恐怖に陥れてから、今日で22年が経過しました。何も変わらない現状と今後の展望が見通せない未来に大きな危機感を覚えます。あの日の墜落現場の惨事と米軍の理不尽な事故処理に対する市民、県民の強い憤りが、時間の経過と共に薄れていくことが非常に残念でありますが、米軍ヘリコプター墜落事件の惨事の記憶を風化させてはいけません。
 
 一昨年、20年目の節目にあたり、本学では平和宣言を採択し、学年暦に「沖縄国際大学平和の日」を制定いたしました。これは、学年暦に記載することにより学生、教職員はもとより保護者や学外者に広く周知することができ、本学関係者が事件から学んだことを繰り返し考える日としたいという想いからであります。「平和の日」は平和を考える日、平和を希求する日など、当事者自身がそれぞれ想像することに意義があると考えております。米軍ヘリコプター墜落事件に対する憤りの記憶を改めて鮮明に呼び覚まし、この記憶を受け継ぐとともに、事件以来、求め続けてきた普天間基地の早期閉鎖を繰り返し要求し、ここに強い決意を込めて「普天間基地の閉鎖を求め、平和の尊さを語りつぐ集い」を開催し、声明を発表します。
 
 沖縄の安全・安心・平和が脅かされていることは、全国土面積の僅か0.6%の沖縄に在日米軍専用施設面積の約70%が集中し、幾度となく米軍関係の事件・事故が起きていることからも明らかであります。
 
 本年3月6日、名護市許田の許田野球場施設内に米軍UH1ヘリコプターが不時着し、県民に大きな衝撃を与えました。幸いにも怪我人はいませんでしたが、住宅地付近での不時着に地域住民の不安が拡がり、普天間基地の近隣のみならず、沖縄県全域がこのような危険にさらされていることを改めて思い知らされました。2025年度における普天間基地の米軍機の離着陸回数は16505回と前年に比べ、幾分減少傾向であるにも関わらず、外来機の離着陸回数が3826回に上り、防衛省沖縄防衛局が24時間の目視調査を開始した17年度以降過去最高となりました。騒音が大きく、宜野湾市が特に飛来禁止を求めているF35ステルス戦闘機の離発着回数は前年度43回から376回に増えていることから騒音による影響の大きさを改めて実感する年となりました。また、日米の騒音防止協定で運用が制限されている午後10時から午前6時までの深夜・早朝の離着陸も続いており、日米騒音防止協定による深夜・早朝の飛行制限は形骸化しております。
 
 普天間基地返還合意から30年が経過しましたが、状況は何ら変わらずむしろ悪化していると言っても過言ではありません。普天間基地の撤去は、日米両政府で合意し、県民誰もが強く求めているところであり、決して忘れてはなりません。普天間基地の早期の閉鎖・返還に向けて市議会や自治会長会など宜野湾市内の10団体で構成する「チーム宜野湾」が結成され、7月26日に「もう待てない!全面返還合意から30年!」普天間飛行場の早期閉鎖・返還を求めるチーム宜野湾結成式及び共同要請行動出発式が実施されました。今後も声をあげ続け、能動的に行動を起こしていく必要性があると考えます。
 
 沖縄国際大学は、琉球・沖縄の歴史の中で、人々が求め続けてきた「真の自由と、自治の確立」を建学の精神として、地域に根ざし、世界に開かれた大学を目指し開学しましたが、この米軍ヘリコプター墜落事件は本学の歴史に大きな傷跡を残したばかりでなく、事件から22年経過してもなお変わらぬ現状に強い憤りを感じると共に失望の念を禁じ得ません。安全・安心・平和への思いは、大学人に限らず、思想・信条を超えて万人が求めるところであります。大学や地域社会の平穏・安寧を脅かす近接する普天間基地の存続、ましてや固定化を、認めることは絶対にできません。
 
 沖縄国際大学は、米軍ヘリコプター墜落事件から22年目にあたり、危険この上ない普天間基地を即時閉鎖し、撤去することを、ここに改めて日米両政府に強く要求すると共に、平和を希求する沖縄の思いを世界に発信し共有されることを願います。

沖縄国際大学
                               理事長・学長 安里 肇