【琉球芸能史を学ぶ授業で我部先生が古典舞踊を披露しました!】
琉球文化コースの取り組み
年明けの大学の授業は意外に早くからスタートしていて、日文学生たちもお正月気分をやや引きずりつつも、勉強に励んでいます。
2年生が多く受講する「琉球芸能史」という授業では、1月7日の1時間目を「新春特別編」として、我部大和先生が素踊り(化粧なし・稽古着)で、古典舞踊「かぎやで風」と「伊野波節」、さらに「揚作田」の3演目を披露しました。
(我部先生は琉球文学・芸能論の研究者であると同時に、次世代の琉球芸能を担う実演家でもあるんですよ。)

授業はまず「琉球舞踊」とは何か、という解説からスタートしました。
琉球舞踊はもともとは、琉球王朝時代に、外交の場や宮廷内などで来賓をもてなすために踊られたものですが、時代が進むにつれて、王朝の文化が庶民の場に下りてくるようになります。最初は王朝時代の古典舞踊も珍しがられましたが、ゆったりした演目が多いこともあって、庶民にはだんだんと飽きられてくるようになります。そうした中で生まれた新しい琉球舞踊が、「雑踊」や「創作舞踊」です。アップテンポな演目が生まれたり、西洋楽器を用いる演目が登場したり、伝統文化を継承していくためには、こうした「伝統と革新」のスタイルが原動力になる、というお話しがありました。
琉球舞踊は、同じ伝統芸能である「組踊」とは違って、踊り手が言葉を発することはありませんが、地謡がうたう歌詞には様々な意味が込められています。
授業では「かぎやで風」「伊野波節」「揚作田」について、歌詞のことばを一つ一つ丁寧に取り上げて解説した上で、歌詞とつらなる踊りのポイントの説明があったうえで、我部先生の踊りがスタートしたので、結婚式などでよくみる「かぎやで風」も、いつもとは違う視点で鑑賞することができました。





教室から流れてくる沖縄の古謡の調べに誘われて、たまたま教室の近くにいた学科の学生さんたちも、我部先生の踊りを興味深そうに見てくれていたのも印象的でした。
我部先生が中心となって運営している「琉球沖縄文化コース」の授業では、琉球文学の理論をただ学ぶだけでなく、見て、聴いて、体験的に理解することができるようになっています。
琉球芸能や琉球文学に関心がある人はぜひ一緒に学びましょう!
2年生が多く受講する「琉球芸能史」という授業では、1月7日の1時間目を「新春特別編」として、我部大和先生が素踊り(化粧なし・稽古着)で、古典舞踊「かぎやで風」と「伊野波節」、さらに「揚作田」の3演目を披露しました。
(我部先生は琉球文学・芸能論の研究者であると同時に、次世代の琉球芸能を担う実演家でもあるんですよ。)

授業はまず「琉球舞踊」とは何か、という解説からスタートしました。
琉球舞踊はもともとは、琉球王朝時代に、外交の場や宮廷内などで来賓をもてなすために踊られたものですが、時代が進むにつれて、王朝の文化が庶民の場に下りてくるようになります。最初は王朝時代の古典舞踊も珍しがられましたが、ゆったりした演目が多いこともあって、庶民にはだんだんと飽きられてくるようになります。そうした中で生まれた新しい琉球舞踊が、「雑踊」や「創作舞踊」です。アップテンポな演目が生まれたり、西洋楽器を用いる演目が登場したり、伝統文化を継承していくためには、こうした「伝統と革新」のスタイルが原動力になる、というお話しがありました。
琉球舞踊は、同じ伝統芸能である「組踊」とは違って、踊り手が言葉を発することはありませんが、地謡がうたう歌詞には様々な意味が込められています。
授業では「かぎやで風」「伊野波節」「揚作田」について、歌詞のことばを一つ一つ丁寧に取り上げて解説した上で、歌詞とつらなる踊りのポイントの説明があったうえで、我部先生の踊りがスタートしたので、結婚式などでよくみる「かぎやで風」も、いつもとは違う視点で鑑賞することができました。





教室から流れてくる沖縄の古謡の調べに誘われて、たまたま教室の近くにいた学科の学生さんたちも、我部先生の踊りを興味深そうに見てくれていたのも印象的でした。
我部先生が中心となって運営している「琉球沖縄文化コース」の授業では、琉球文学の理論をただ学ぶだけでなく、見て、聴いて、体験的に理解することができるようになっています。
琉球芸能や琉球文学に関心がある人はぜひ一緒に学びましょう!

