【第2回「沖国日文・コロナ歌大賞」の表彰式が行われました(入選作品の選考評などもあります!)】
琉球文化コースの取り組み
7月26日に琉球文化論の講義内で開催された「第2回沖国日文・コロナ歌大賞」の結果が発表され、我部先生より受賞者への賞状授与式も行われました。
このコンテストは、1年生全員が受講する必修科目「琉球文化論」という科目で、琉歌の知識を学んだうえで、全員が「コロナ歌」を作って応募し、講義担当の我部先生、琉球芸能に詳しい田場先生、琉球語担当の西岡先生などが審査委員として評価し、入選者10名を決定したものです。
【選考委員の先生方】
久しぶりの対面授業となり、賞状以外にも記念品が授与されました。今年度より受講生の投票により決まる「学生賞」も設置されました。
入賞したみなさんおめでとうございます!
以下は、受賞された入選作品・選考評、各選考委員の先生方の講評をのせています!
【沖国日文・コロナ歌大賞入選作品】
【大賞】
恨む コロナの世 わぬ 不満と思て 慈悲もなき 仕打 仇 成さな
照屋 香奈江
*選考評*
・上句は、吉屋チルーの有名な歌の本歌取り。「不満」の解釈には、「わぬ」が「コロナ世」を「不満」に思うか、「風気神」が「わぬ」を「不満」に思うかの解釈があると思うが、ここは本歌にならって「わぬ」を対象とする後
者と採りたい。沖縄語で表現しようとしているところも嬉しい。「風気神」に仇が取れるかは不明だが、いつかリベンジするのだという、その心意気を買いたい。
・よしやの本歌をモチーフにした歌。琉球語への挑戦が評価できる。
・吉屋チルーの「恨む比謝橋や、、、」の歌を本歌どりし、コロナ禍の世を詠み込むという、技術レベルの高い歌。上句についてはユーモアも感じさせられ、「琉狂歌」と読んでもいいように思う。末句の「仇」は、音数律からすると「かたき」であろうが、文脈に沿わない。また「あだ」であれば字足らずとなってしまう点が、それまで良かっただけに非常に惜しかった。
・琉歌の形式を学びつつ、現在の世の中に対する不満やコロナを「仇」とみなして討ち果たしたい気持ちがあふれている。
【優秀賞】
コロナ ヤーグマイ チュイ トゥルバイ ヤシガ 課題 イッペ チブル ヤミイ
宮城 隣人
*選考評*
・詠みのセンスも優れている。沖縄語の表現にチャレンジしているところも素晴らしい。
・詠み込まれた内容は平凡であるが、方言を用いて詠んだ歌が少ない中、「課題」という語以外を方言で表現した点を評価した。
・沖縄語への挑戦に加えて、コロナで家に籠もりがちになり、一人でぼんやりとしながらも課題に追われて頭を抱えている状況を吐露しているのがみられる。
★本作は選考委員からの添削もあります!
添削作
コロナ ヤーグマイ チュイ トゥルバトゥシガ 課題ビケ マンディ チブル ヤマチ
① 「チュイ トゥルバイ」→「トゥルバトゥシガ」
→文意として、「シガ」が逆接の助詞に直すことで、「一人でぼんやりとしているが」になる。
→音数律も「チュイ トゥルバイ」であると6音であるが、「チュイ トゥルバトゥシガ」ということで音数律の8音となります!
②「ヤシガ 課題 イッペ」→「課題ビケ マンディ」
→「ビケ」とは「~ばかり」という助詞にすることで、「課題ばかりが」となり、ヤシガを補わずとも
→「マンディ」とすることで「たくさんあって」となる
★元の作でも十分伝わりますが、オンライン授業によって課題ばかりがたくさん有る様子とそれにより頭を痛める描写がより効果的にみられます!
【佳作】
太陽 サンサン 日の下 歩けズ 吹き風 サラサラ 風 感じズ
島 隆史
*選考評*
・「マスク」という単語を用いていないにも関わらず、マスク着用を詠んだ歌と分かるが点を評価した。また、“マスク焼け”や、嗅覚や触覚が制限されるマスクの違和感など、
誰もが感じている “いま”の状況を歌に切り取った点を評価した。
二次元の その先の 肌の温もりに 触れる日まで
髙良 知帆
*選考評*
・最初の「二次元」という科学の世の語彙が効いている。コロナ禍で隔てられつつも、愛する人の尽きせぬ思いが美しい。
【学生賞】*学生の投票に決まった入選作品
マスクを つけると チュラカーギーだが マスクを 外すと ヤナカーギー
佐次田稀梨
*選考評*
・コロナ禍で生まれた言葉に「マスク美人」があり、マスクをするようになって、よくイケメンだと言われるようになったという川柳もある。
感染対策以外の、ささやかなマスクの効用を詠み込んでおり、若者の生命力、あっけらかんとした逞しさを感じる。
・学生から選出された作品として「コロナあるある」を端的に読み込んだ歌になったのだろう。
友達つくると 願いを込めたが 大学入れば 親友パソコン
藤本 麻里
*選考評*
・大学に入学して友達を多く作ろうと思いきや、入学後にオンライン授業に切り替わって一番の友達がパソコンになってしまった様子。
コロナ禍における大学生の状況がよくわかる歌であり、学生達の共感を呼んだのであろう。
【西岡敏賞】
お客さん しゃべるとき はずさないでくれ 聞こえてます
瑞慶山 レナ
*選考評*
・余計な説明がないのにもかかわらず、シーンがありありと目に浮かんできて秀逸。
★西岡先生が琉歌の形式で沖縄語で行うと以下の通りになります!
「御客ぬ前 話すばす 外しみしぇんなよ 聞かりとくとぅ」
ウチャクヌメ ハナスバス ハンシミシェンナヨ チカリトクトゥ
【田場裕規賞】
聞こえるかコロナ 聞いてるかコロナ 知っているかコロナ 子供たちの声 私たちの声 老いた人の声 世界の声
我那覇 光
*選考評*
・もう少し句を重ねると、豊かに展開していきそうな気がします。例えば、対句を単に「~~の声」とするのではなく、掛かり受けを意識するのもいいでしょう。
【照屋理賞】
18年間 甘やかした耳 マスクにメガネで 筋肉痛
宮城 樹
*選考評*
・コロナ対策のため、いまや全ての公共施設においてマスクは必須である。使用者にとっては、もちろん眼鏡も手放せず、必然、マスクのひもと眼鏡の柄をかける耳に負担が増えることになる。非日常が日常となった“いま”の状況を短い中にうまく詠み込んでいる。3位、4位も同じく“いま”を詠み込んだ点を評価している。
【我部大和賞】
一昨年から 恩納松下に 禁止の札あり みらいで会うとき 君を呼ぶね
大城 勝暉
*選考評*
・コロナ禍による外出自粛やマスク着用も含めた制限を「恩納松下の禁止の札」に例えた想像力と「みらい」をコロナ禍後として君を呼んで逢いたいという。
「君」に逢うことの出来ない描写も含めて評価している。
★「琉球文化論」講義担当の我部先生より★
「コロナ禍」という世界的に様々な変化を迫られている状況の中でも、こうした創作や学びをとめない皆さんの姿勢、とても素晴らしいです。
入選したみなさんおめでとうございます!そして、協力してくれた受講生のみなさんなど改めて感謝します!
このコンテストは、1年生全員が受講する必修科目「琉球文化論」という科目で、琉歌の知識を学んだうえで、全員が「コロナ歌」を作って応募し、講義担当の我部先生、琉球芸能に詳しい田場先生、琉球語担当の西岡先生などが審査委員として評価し、入選者10名を決定したものです。
【選考委員の先生方】
久しぶりの対面授業となり、賞状以外にも記念品が授与されました。今年度より受講生の投票により決まる「学生賞」も設置されました。
入賞したみなさんおめでとうございます!
以下は、受賞された入選作品・選考評、各選考委員の先生方の講評をのせています!
【沖国日文・コロナ歌大賞入選作品】
【大賞】
恨む コロナの世 わぬ 不満と思て 慈悲もなき 仕打 仇 成さな
照屋 香奈江
*選考評*
・上句は、吉屋チルーの有名な歌の本歌取り。「不満」の解釈には、「わぬ」が「コロナ世」を「不満」に思うか、「風気神」が「わぬ」を「不満」に思うかの解釈があると思うが、ここは本歌にならって「わぬ」を対象とする後
者と採りたい。沖縄語で表現しようとしているところも嬉しい。「風気神」に仇が取れるかは不明だが、いつかリベンジするのだという、その心意気を買いたい。
・よしやの本歌をモチーフにした歌。琉球語への挑戦が評価できる。
・吉屋チルーの「恨む比謝橋や、、、」の歌を本歌どりし、コロナ禍の世を詠み込むという、技術レベルの高い歌。上句についてはユーモアも感じさせられ、「琉狂歌」と読んでもいいように思う。末句の「仇」は、音数律からすると「かたき」であろうが、文脈に沿わない。また「あだ」であれば字足らずとなってしまう点が、それまで良かっただけに非常に惜しかった。
・琉歌の形式を学びつつ、現在の世の中に対する不満やコロナを「仇」とみなして討ち果たしたい気持ちがあふれている。
【優秀賞】
コロナ ヤーグマイ チュイ トゥルバイ ヤシガ 課題 イッペ チブル ヤミイ
宮城 隣人
*選考評*
・詠みのセンスも優れている。沖縄語の表現にチャレンジしているところも素晴らしい。
・詠み込まれた内容は平凡であるが、方言を用いて詠んだ歌が少ない中、「課題」という語以外を方言で表現した点を評価した。
・沖縄語への挑戦に加えて、コロナで家に籠もりがちになり、一人でぼんやりとしながらも課題に追われて頭を抱えている状況を吐露しているのがみられる。
★本作は選考委員からの添削もあります!
添削作
コロナ ヤーグマイ チュイ トゥルバトゥシガ 課題ビケ マンディ チブル ヤマチ
① 「チュイ トゥルバイ」→「トゥルバトゥシガ」
→文意として、「シガ」が逆接の助詞に直すことで、「一人でぼんやりとしているが」になる。
→音数律も「チュイ トゥルバイ」であると6音であるが、「チュイ トゥルバトゥシガ」ということで音数律の8音となります!
②「ヤシガ 課題 イッペ」→「課題ビケ マンディ」
→「ビケ」とは「~ばかり」という助詞にすることで、「課題ばかりが」となり、ヤシガを補わずとも
→「マンディ」とすることで「たくさんあって」となる
★元の作でも十分伝わりますが、オンライン授業によって課題ばかりがたくさん有る様子とそれにより頭を痛める描写がより効果的にみられます!
【佳作】
太陽 サンサン 日の下 歩けズ 吹き風 サラサラ 風 感じズ
島 隆史
*選考評*
・「マスク」という単語を用いていないにも関わらず、マスク着用を詠んだ歌と分かるが点を評価した。また、“マスク焼け”や、嗅覚や触覚が制限されるマスクの違和感など、
誰もが感じている “いま”の状況を歌に切り取った点を評価した。
二次元の その先の 肌の温もりに 触れる日まで
髙良 知帆
*選考評*
・最初の「二次元」という科学の世の語彙が効いている。コロナ禍で隔てられつつも、愛する人の尽きせぬ思いが美しい。
【学生賞】*学生の投票に決まった入選作品
マスクを つけると チュラカーギーだが マスクを 外すと ヤナカーギー
佐次田稀梨
*選考評*
・コロナ禍で生まれた言葉に「マスク美人」があり、マスクをするようになって、よくイケメンだと言われるようになったという川柳もある。
感染対策以外の、ささやかなマスクの効用を詠み込んでおり、若者の生命力、あっけらかんとした逞しさを感じる。
・学生から選出された作品として「コロナあるある」を端的に読み込んだ歌になったのだろう。
友達つくると 願いを込めたが 大学入れば 親友パソコン
藤本 麻里
*選考評*
・大学に入学して友達を多く作ろうと思いきや、入学後にオンライン授業に切り替わって一番の友達がパソコンになってしまった様子。
コロナ禍における大学生の状況がよくわかる歌であり、学生達の共感を呼んだのであろう。
【西岡敏賞】
お客さん しゃべるとき はずさないでくれ 聞こえてます
瑞慶山 レナ
*選考評*
・余計な説明がないのにもかかわらず、シーンがありありと目に浮かんできて秀逸。
★西岡先生が琉歌の形式で沖縄語で行うと以下の通りになります!
「御客ぬ前 話すばす 外しみしぇんなよ 聞かりとくとぅ」
ウチャクヌメ ハナスバス ハンシミシェンナヨ チカリトクトゥ
【田場裕規賞】
聞こえるかコロナ 聞いてるかコロナ 知っているかコロナ 子供たちの声 私たちの声 老いた人の声 世界の声
我那覇 光
*選考評*
・もう少し句を重ねると、豊かに展開していきそうな気がします。例えば、対句を単に「~~の声」とするのではなく、掛かり受けを意識するのもいいでしょう。
【照屋理賞】
18年間 甘やかした耳 マスクにメガネで 筋肉痛
宮城 樹
*選考評*
・コロナ対策のため、いまや全ての公共施設においてマスクは必須である。使用者にとっては、もちろん眼鏡も手放せず、必然、マスクのひもと眼鏡の柄をかける耳に負担が増えることになる。非日常が日常となった“いま”の状況を短い中にうまく詠み込んでいる。3位、4位も同じく“いま”を詠み込んだ点を評価している。
【我部大和賞】
一昨年から 恩納松下に 禁止の札あり みらいで会うとき 君を呼ぶね
大城 勝暉
*選考評*
・コロナ禍による外出自粛やマスク着用も含めた制限を「恩納松下の禁止の札」に例えた想像力と「みらい」をコロナ禍後として君を呼んで逢いたいという。
「君」に逢うことの出来ない描写も含めて評価している。
★「琉球文化論」講義担当の我部先生より★
「コロナ禍」という世界的に様々な変化を迫られている状況の中でも、こうした創作や学びをとめない皆さんの姿勢、とても素晴らしいです。
入選したみなさんおめでとうございます!そして、協力してくれた受講生のみなさんなど改めて感謝します!